足立仁十郎を追う

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●足立仁十郎が一代で築き、養子程十郎が引き継いだ会津藩御用達・安達家「田辺屋」の地理的位置

会津藩御用達足立家「田辺屋」は長崎市の繁華街「東浜町」で大規模な敷地をもった大店だったが、明治元年、新政府によって没収された。田辺屋があった場所を昔の地図で探してみた。
 以下の地図は上段が「明治元年東浜町水帳」 (長崎歴史博物館蔵)から略図を起こしたもの。下図は明治20年1月謄写の「東浜町地図」(石丸家蔵)。どちらも、「新・ながさき風土記〜地図と数字でみる長崎いまむかし〜」(永田信孝著)に掲載されているものを転載。ただし、赤色のマーキングは「長崎微熱人」がつけたものです。

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赤でマーキングした場所が明治元年時の東浜の町における安達家があったところ。
●「会津藩御用達足立家について」(本馬貞夫著・長崎談叢書69号掲載)に書かれている慶応4年辰4月の「家屋舗根証文」のなかから足立家の東浜町にある土地を抜粋してみると

1.東浜町    田辺屋程十郎
  表口  弐拾参間四寸 但五ヶ所
  土蔵  五間二三間  弐戸
  借家           壱軒
 〆代金四千両

1.東浜町    田辺屋程十郎
  表口  拾間五尺四寸
  土蔵  三間二弐間半  壱戸
       弐間二三間   壱戸
       三間二三間半  壱戸
       弐間半二三間  壱戸
       弐間二三間   壱戸
  〆代金 千三百両

とある。このほかにも本興善町や本古川町に土地や借家もっていた。
東浜町の店舗や自宅土蔵借家や隣接する所有地をあわせると約900坪以上になる。

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●明治20年の東浜町の略図。赤でマーキングしているところが、明治元年の地図にあった足立程十郎「田辺屋」が持っていた敷地。

●田辺屋本家があったところには
  「八十八番 
    警察所敷地 六百六拾三坪七合六夕 
     官有地」  となっている。
 明治9年、この場所に長崎警察所が移転してきた。「長崎県警察史」によれば、この敷地を購入し移転してきたとなっている。売却したのが誰かはかかれていなかった。  
 没収された土地が安達家に返された上で売却されたのか?没収されたまま官用地として、長崎県なり明治政府が売却したのか?それとも、没収した政府なり県が売却し、その代金を安達家に支払ったのか?
気になるところ……後程調べてみたい。

 


 

 

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