西南戦争関連年表

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・西南戦争の勃発から終息までの関連年表
 
(覚書として利用しているので、間違っている部分があるかもしれない。責任はもちませんよ)

1877年 明治10年    
 
1月11日 東京警視庁を廃止する。      
1月24日 天皇、関西巡幸に出発。   
1月30日 鹿児島私学校生徒ら陸軍火薬庫を襲撃して武器弾薬を奪う。      
2月14日 西郷軍前衛隊が鹿児島を出発。   
2月15日 西郷隆盛らの本隊(1・2番隊)鹿児島を出発する。   
2月16日 西郷軍3・4番隊が出発する。   
2月18日 西郷軍5番隊と砲兵隊が出発する。   
2月18日 熊本鎮台、熊本市民に立ち退き令を発する。   
2月19日 政府、有栖川宮熾仁親王を征討総督として九州へ派兵する。   
2月19日 熊本鎮台のある熊本城で火災があり、天守閣などが炎上、城下も延焼する。   
2月19日 日向飫肥士族小倉処平ら西郷軍に加わるために出発する。   
2月20日 政府軍第1・第2旅団が神戸港を博多へ向け出港する。   
2月21日 熊本県士族池辺吉十郎ら西郷軍に呼応して挙兵。   
2月22日 西郷軍、熊本城を包囲。夜半小倉第14連隊と西郷軍の一部が衝突。政府軍第1・2旅団博多に到着。   
2月23日 東京・大坂・名古屋3鎮台に令して第2後備軍を召集。西郷軍は一部が北上、小倉第14連隊は敗北して後        退する。   
2月23日 愛媛県士族武田豊城ら、徒党陰謀の理由で逮捕される。   
2月25日 政府軍第1・8・14連隊が高瀬に進出。政府軍第3旅団博多に到着。   
2月26日 政府軍、福岡に本営を置く。   
2月27日 高瀬での戦闘で西郷軍高瀬から後退する。   
2月28日 阿蘇地方で大規模な一揆が発生する。   
2月    政府、三菱汽船に、軍事輸送船8隻購入の資金を貸与。   
3月 1日 政府軍別働第1旅団が博多に到着する。   
3月 3日 政府軍、田原坂方面の西郷軍へ攻撃を開始。   
3月 8日 勅使柳原前光、艦船9隻で鹿児島に到着し、島津忠義・島津珍彦と会見し自重を求める。   3月 9日 教育博物館を上野へ移転する。   
3月10日 柳原前光と島津久光が会合する。一方鹿児島県令大山綱良は逮捕される。   
3月11日 政府軍第2旅団、田原坂総攻撃を行うも、失敗に終わる。   
3月13日 政府軍に警視庁抜刀隊が編成され前線に投入される。       
3月17日 大山綱良の官位を剥奪し、東京への護送を決定する。   
3月19日 京都−大阪間の鉄道が全通。   
3月19日 政府別働軍、八代に上陸。   
3月20日 政府軍、田原坂を制圧。西郷軍は熊本まで後退。   
3月21日 岩村通俊を鹿児島県令に任命。       
3月28日 福岡県士族越智彦四郎ら福岡城を襲撃するも城兵に敗北する。   
3月31日 増田宗太郎ら大分県で挙兵し、中津支庁などを襲撃。   
3月    福地桜痴、西南戦争に従軍。   
4月 1日 増田ら蜂起軍、大分県庁を襲撃するも失敗に終わる。   
4月 1日 政府別働軍、宇土へ進出。   
4月 4日 政府、壮兵1万人を募集。   
4月 4日 八代で政府軍と西郷軍が衝突。   
4月 7日 政府軍新設別働第4旅団が宇土に上陸。   
4月10日 政府別働軍、総攻撃を12日と定める。   
4月12日 東京開成学校と東京医学校を合併し、東京大学が設立される。東京英語学校は、東京大学予備門として東京大学に付属させる。   
4月13日 西郷軍、熊本から退却を始める。別働第2旅団山川部隊が熊本城下に到達する。
4月14日 黒田清隆の率いる政府軍第1・第2旅団が、熊本城に入る。   
4月15日 西郷軍の全軍が退却を始める。       
4月23日 太政大臣三条実美、島津久光の休戦案を却下する旨、島津珍彦らに伝え帰郷させる。 4月27日 川村純義らの率いる政府軍が海路鹿児島に入る。   
4月28日 西郷隆盛ら西郷軍幹部が人吉に到着。   
4月    西郷軍、戦費調達のため、西郷札を発行。       
5月 1日 佐野常民と大給恒、博愛社を設立し、西南戦争の負傷者を敵味方の区別なく治療。  
5月20日 豊後竹田で西郷軍と政府軍とが交戦。    。   
5月21日 築地海軍練兵所で有人気球の実験を行う。   
5月21日 桐野利秋、宮崎支庁長に支援を要請。   
5月22日 政府、第十五銀行に西南戦争戦費を借り入れる。   
5月26日 木戸孝允死去。   5月29日 西郷軍、豊後竹田から敗走。   
5月29日 政府、第2号召募を行い、召募巡査を以て新選旅団を編成。  
 5月29日 西郷隆盛、人吉を去り日向へ向かう。   
5月31日 西郷隆盛、宮崎に入る。   
6月 1日 万国郵便連合条約に調印。   
6月 1日 山口県士族町田梅之進、挙兵計画が発覚して県官巡査と戦い破れる。   
6月 1日 政府軍、人吉への攻撃を開始、人吉城下は戦火で多く焼失する。   
6月 4日 政府、本年の補充兵、免役壮丁を徴募することを令する。同日、政府軍、人吉を占領。   6月 9日 立志社の片岡健吉ら、京都の天皇行在所に国会開設建白書を提出。  
6月12日 政府、立志社の建白書を却下する。       
6月22日 国産最初の軍艦清輝が竣工する。      
7月24日 政府軍、都城を占領。   
7月28日 天皇・皇后、京都を出発。   
7月28日 政府軍、清武を占領。   
7月29日 西郷隆盛、宮崎を去り北上する。   
7月30日 天皇・皇后、東京に到着。   
8月 2日 西郷隆盛ら、都農を去り延岡へ向かう。   
8月 8日 林有造、武器購入を計画して逮捕される。  
 8月11日 西郷隆盛、延岡を密かに離れる。  
8月13日 政府軍、延岡を包囲。   
8月14日、政府軍延岡を総攻撃。   
8月15日 和田越の戦闘が行われる。   
8月16日 西郷軍に解散令が出され、半数が降伏する。   
8月17日 西郷隆盛以下幹部らが可愛岳越えをして政府軍の囲みから脱出する。   
8月21日 第1回内国勧業博覧会開催。   
8月21日 西郷軍が三田井に至り、そこから鹿児島へ向けて南下を始める。   
8月23日 別働第1旅団を延岡から熊本へ向けて出発させる。   
8月27日 第2旅団を延岡から細島を経て海路軍艦6隻で鹿児島へ向けて出発させる。   
8月28日 西郷軍、小林に至る。   
8月28日 第2旅団鹿児島に到着。新撰旅団と合流して鹿児島市内の防衛にはいる。   8月29日 西郷軍、横川に至る。   
8月30日 溝辺で政府軍と西郷軍が交戦する。   
8月31日 西郷軍、蒲生に入る。   
8月    コレラが長崎と横浜で発生する。   
9月 1日 西郷軍兵約370人が急襲して鹿児島城山に入る。   
9月 4日 西郷軍の一部が政府軍の駐屯する市内の米倉を襲撃する。   
9月 5日 山県有朋、宮崎に入る。   
9月 6日 山県有朋、都城に入る。   
9月 8日 山県有朋、鹿児島に入る。   
9月14日 コレラ、東京で発生。       
9月22日 河野主一郎と山野田一輔、西郷隆盛の助命を求めるため、政府軍の陣地へ赴き収監される。   
9月23日 河野・山野田と川村純義、山県有朋が面会する。   
9月24日 政府軍の総攻撃が始まり、西郷隆盛は自刃し、城山も陥落して西南戦争は終結する。 
9月30日 前鹿児島県令大山綱良処刑される。  



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